小説「20世紀ウィザード異聞」の番外編です
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家の中では、マーシャが気遣わしげに空模様を見ていた。
「さっきまでよく晴れていましたのにねぇ……」
風が強くなった。いつの間にか暗くなった空にどろどろと雷鳴が鳴り、稲妻が分厚い雲と雲の間を走っている。
ステファンはいやな予感がして落ち着かなかった。 まるで竜が怒り狂って空を駆け回っているようだ。
「オーリ様たち、お早く帰らないと。じき雨になりますよ」
「マーシャ、雨はふらない……きっと」
青ざめた顔でステファンが空を見上げた。
「そんな気がする。普通の雷じゃないよ」
カッ! と白い光が窓の外を照らし、一瞬落雷したかと思ったが、 そこに立っていたのは全身ずぶぬれのオーリだった。 腕に抱えたローブの中に、エレインの赤毛が見える。
「先生! 雨降ってないのに、どうし……」
「ステフ、家に入っていなさい!」
オーリは噛み付くように怒鳴った。
足元に風が巻き起こり、敷石の紋様が現れる。それが魔法陣になっていることにステファンは初めて気付いた。
エレインは暗い雲に覆われたような目をして、なお口の中でなにか呟いてている。
「エレイン、聞こえるか、エレイン」
オーリは顔を近づけて呼びかけた。
「帰って来い! 罰なら一緒に受ける!」
そして魔法陣の中央にエレインを横たえると、空に杖を向けて詠唱した。
「竜の王よ、汝が娘の罪を贖(あがな)わん。今一度(ひとたび)我の手に託すべし……」
そして雷雲を睨み、いったん杖を下げると、沈痛な表情で振り返った。
「ステフ、いいか、なるべく壁から離れて部屋の中央にいるんだ。 何があっても扉を開けてはいけない」
ステフはハッとした。オーリは祈るような眼をしている。
「……マーシャを頼む」
「オーリ様?」
「先生なら大丈夫だよ、マーシャ」
ステファンは自分に言い聞かせるように言いながら、マーシャを引っ張って扉の内側まで下がった。
稲妻が家を取り囲むように走り始めた。
マーシャはやむなく扉を閉めた。窓の内から見守るしかない。
オーリは杖を空に向け、慎重に手を放した。僅かな振動音と共に銀色の杖が宙に浮いたまま停まるのを確認すると、地面に膝をつき、呼吸を整える。 さらに右手でしっかりとエレインの手を握り、左手を魔法陣に置く。
銀髪がさわさわと逆立った。数秒間の事だったが、息が詰まりそうな緊張感に、ステファンのこめかみがチリチリと痛くなる。
突然、目の前が真っ白くなった。と同時にバリバリと地面を揺るがす轟音。
落雷だ、とステファンが思った刹那、魔法陣自体も発光し、杖とオーリの身体が弾け飛んだ。
エレインの身体は魔法陣の上で高く跳ね上がり、一瞬、紅い竜の姿を見た、とステファンは思った。
「オーリ様! エレイン様!」
飛び出そうとするマーシャを、ステファンは必死に止めた。
「だめ! まだ魔法陣が光ってる!」
稲妻が魔法陣の周りを取り囲み、まるでオーリを見定めるかのように走る。オーリは震えながら再び地面に手をつき、歯を噛み締めて懸命に耐えている。
やがて次第に稲妻は消え、雷雲が静かに去り、風が止んだ頃、やっと魔法陣の光は消えた。
オーリはうめき声もあげず、その場に倒れた。
「せんせーぇ! エレイーン!」
ステファンは泣きそうになりながら駆け寄った。
「マーシャ、お医者呼んで! 先生が死んじゃう!」
「いや、呼ばなくていい」
やけに落ち着いた声が聞こえ、一瞬ステファンは誰が言ったのか分からず戸惑った。
「ステフ、さっきのはいい判断だった」
地面に臥したまま、オーリがゆっくりと顔を向ける。
「先生?」
「マーシャを止めてくれてありがとう」
オーリは笑っていた。青ざめてはいるが、満足そうに。
「どう? なかなかうまくいっただろう?」
「ううーっ、もう!」
エレインが頭を振り、胸を押さえて起き上がった。
「先生……エレイン……」
ステファンは二人の無事な顔を見ると、ホッとすると同時に腹が立ってきた。
「無茶だよ! 自分の身体にわざと雷の電流を通したでしょう、正気じゃないよ! いくら先生でもそんな」
「だから、ちゃんと杖でタイムラグを作って電圧を調整したさ。その為にここの魔法陣まで帰ってきたんだ。他の場所でなら、とっくに直撃雷で死んでるよ」
オーリは苦労して仰向けになると、焼け焦げた服を引っ張ってみせた。
左手から胸を通り、紅い電紋がくっきりと見える。
「ちゃんと心臓を避けて、表面で受け流した。やるもんだろ?」
「そんな……マーシャを頼む、とか言うからぼく怖くって……」
「怖がらせるような事言ったかな。マーシャは雷が嫌いだからそばに居てやってくれ、という意味だったんだけど」
「オーリ様ぁ。年寄りをあまり驚かせないでくださいまし……」
マーシャはエプロンで顔を覆った。
「大丈夫だよ、マーシャ。わたしは小さい頃からよく帯電してたろう? 雷とは相性がいいんだ。 それよりエレインをみてやってくれ。生きてるか?」
「ばかオーリ! 生きてるわよ! 火傷のオマケつきでね!」
「たいしたもんだ。冥界の入り口まで行ってたくせに、コゲ痕一つで帰ってこれたの?」
オーリは笑って起き上がろうとしたが、顔をしかめた。
「ステフ、手を貸してくれ。筋肉を一部やられたらしい」
ステファンが支えながら半身を起こすと、オーリの左腕がぱたりと力なく下がった。
「まったく……なんてことするのよ」
エレインはオーリの顔を両手で挟み、ぼろぼろと涙をこぼした。
「オーリ、あんたね、前からどこかぶっ壊れてるとは思ってたけど……まさかここまでバカやるとは……」
「君がルール違反をしたから、こちらも禁じ手を使ったまでだ」
オーリはしゃらっと答えた。
「竜王の愛娘(まなむすめ)、フィスス族のエレイン。契約はちゃんと守ってくれ。命は大切にする、という条件だったはずだ。雷まで味方につける魔法使いなんてそうそういやしないだろう?」
「えーえ確かに! こんな変なヤツどこにもいないわよ!」
「誉めてるんだったら、感謝くらい示してくれたらどう?」
ステファンはマーシャに引っ張られてその場を離れた。
「なに? マーシャ」
マーシャは何も言わない。気を利かせろ、ということか。
が、後ろから聞こえたのは、ゴツ、という鈍い音と「痛ったーっ!」という叫び声だった。
二人が振り返った時にはエレインはもうその場に居ず、頭突きをくらったオーリが一人、ひっくり返っていた。
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「さっきまでよく晴れていましたのにねぇ……」
風が強くなった。いつの間にか暗くなった空にどろどろと雷鳴が鳴り、稲妻が分厚い雲と雲の間を走っている。
ステファンはいやな予感がして落ち着かなかった。 まるで竜が怒り狂って空を駆け回っているようだ。
「オーリ様たち、お早く帰らないと。じき雨になりますよ」
「マーシャ、雨はふらない……きっと」
青ざめた顔でステファンが空を見上げた。
「そんな気がする。普通の雷じゃないよ」
カッ! と白い光が窓の外を照らし、一瞬落雷したかと思ったが、 そこに立っていたのは全身ずぶぬれのオーリだった。 腕に抱えたローブの中に、エレインの赤毛が見える。
「先生! 雨降ってないのに、どうし……」
「ステフ、家に入っていなさい!」
オーリは噛み付くように怒鳴った。
足元に風が巻き起こり、敷石の紋様が現れる。それが魔法陣になっていることにステファンは初めて気付いた。
エレインは暗い雲に覆われたような目をして、なお口の中でなにか呟いてている。
「エレイン、聞こえるか、エレイン」
オーリは顔を近づけて呼びかけた。
「帰って来い! 罰なら一緒に受ける!」
そして魔法陣の中央にエレインを横たえると、空に杖を向けて詠唱した。
「竜の王よ、汝が娘の罪を贖(あがな)わん。今一度(ひとたび)我の手に託すべし……」
そして雷雲を睨み、いったん杖を下げると、沈痛な表情で振り返った。
「ステフ、いいか、なるべく壁から離れて部屋の中央にいるんだ。 何があっても扉を開けてはいけない」
ステフはハッとした。オーリは祈るような眼をしている。
「……マーシャを頼む」
「オーリ様?」
「先生なら大丈夫だよ、マーシャ」
ステファンは自分に言い聞かせるように言いながら、マーシャを引っ張って扉の内側まで下がった。
稲妻が家を取り囲むように走り始めた。
マーシャはやむなく扉を閉めた。窓の内から見守るしかない。
オーリは杖を空に向け、慎重に手を放した。僅かな振動音と共に銀色の杖が宙に浮いたまま停まるのを確認すると、地面に膝をつき、呼吸を整える。 さらに右手でしっかりとエレインの手を握り、左手を魔法陣に置く。
銀髪がさわさわと逆立った。数秒間の事だったが、息が詰まりそうな緊張感に、ステファンのこめかみがチリチリと痛くなる。
突然、目の前が真っ白くなった。と同時にバリバリと地面を揺るがす轟音。
落雷だ、とステファンが思った刹那、魔法陣自体も発光し、杖とオーリの身体が弾け飛んだ。
エレインの身体は魔法陣の上で高く跳ね上がり、一瞬、紅い竜の姿を見た、とステファンは思った。
「オーリ様! エレイン様!」
飛び出そうとするマーシャを、ステファンは必死に止めた。
「だめ! まだ魔法陣が光ってる!」
稲妻が魔法陣の周りを取り囲み、まるでオーリを見定めるかのように走る。オーリは震えながら再び地面に手をつき、歯を噛み締めて懸命に耐えている。
やがて次第に稲妻は消え、雷雲が静かに去り、風が止んだ頃、やっと魔法陣の光は消えた。
オーリはうめき声もあげず、その場に倒れた。
「せんせーぇ! エレイーン!」
ステファンは泣きそうになりながら駆け寄った。
「マーシャ、お医者呼んで! 先生が死んじゃう!」
「いや、呼ばなくていい」
やけに落ち着いた声が聞こえ、一瞬ステファンは誰が言ったのか分からず戸惑った。
「ステフ、さっきのはいい判断だった」
地面に臥したまま、オーリがゆっくりと顔を向ける。
「先生?」
「マーシャを止めてくれてありがとう」
オーリは笑っていた。青ざめてはいるが、満足そうに。
「どう? なかなかうまくいっただろう?」
「ううーっ、もう!」
エレインが頭を振り、胸を押さえて起き上がった。
「先生……エレイン……」
ステファンは二人の無事な顔を見ると、ホッとすると同時に腹が立ってきた。
「無茶だよ! 自分の身体にわざと雷の電流を通したでしょう、正気じゃないよ! いくら先生でもそんな」
「だから、ちゃんと杖でタイムラグを作って電圧を調整したさ。その為にここの魔法陣まで帰ってきたんだ。他の場所でなら、とっくに直撃雷で死んでるよ」
オーリは苦労して仰向けになると、焼け焦げた服を引っ張ってみせた。
左手から胸を通り、紅い電紋がくっきりと見える。
「ちゃんと心臓を避けて、表面で受け流した。やるもんだろ?」
「そんな……マーシャを頼む、とか言うからぼく怖くって……」
「怖がらせるような事言ったかな。マーシャは雷が嫌いだからそばに居てやってくれ、という意味だったんだけど」
「オーリ様ぁ。年寄りをあまり驚かせないでくださいまし……」
マーシャはエプロンで顔を覆った。
「大丈夫だよ、マーシャ。わたしは小さい頃からよく帯電してたろう? 雷とは相性がいいんだ。 それよりエレインをみてやってくれ。生きてるか?」
「ばかオーリ! 生きてるわよ! 火傷のオマケつきでね!」
「たいしたもんだ。冥界の入り口まで行ってたくせに、コゲ痕一つで帰ってこれたの?」
オーリは笑って起き上がろうとしたが、顔をしかめた。
「ステフ、手を貸してくれ。筋肉を一部やられたらしい」
ステファンが支えながら半身を起こすと、オーリの左腕がぱたりと力なく下がった。
「まったく……なんてことするのよ」
エレインはオーリの顔を両手で挟み、ぼろぼろと涙をこぼした。
「オーリ、あんたね、前からどこかぶっ壊れてるとは思ってたけど……まさかここまでバカやるとは……」
「君がルール違反をしたから、こちらも禁じ手を使ったまでだ」
オーリはしゃらっと答えた。
「竜王の愛娘(まなむすめ)、フィスス族のエレイン。契約はちゃんと守ってくれ。命は大切にする、という条件だったはずだ。雷まで味方につける魔法使いなんてそうそういやしないだろう?」
「えーえ確かに! こんな変なヤツどこにもいないわよ!」
「誉めてるんだったら、感謝くらい示してくれたらどう?」
ステファンはマーシャに引っ張られてその場を離れた。
「なに? マーシャ」
マーシャは何も言わない。気を利かせろ、ということか。
が、後ろから聞こえたのは、ゴツ、という鈍い音と「痛ったーっ!」という叫び声だった。
二人が振り返った時にはエレインはもうその場に居ず、頭突きをくらったオーリが一人、ひっくり返っていた。
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